クリエイティブトイレ

勉強は密室で1人黙々とするのが好きだ。

音のしないトイレじゃないと、出せない。

 

自分の友人たちが、男女数人のグループでワイワイしながらテスト勉強しているのを羨望の眼差しで遠くから見ていた。合宿中なんかに「やべーお腹いてぇ」とトイレに駆け込むことのできるあの子が羨ましかった。


予備校の自習室は、自分の目の前に人ではなくて壁があるからいい。

自分と机と参考書と、息抜きがてらに読む本とクロレッツさえあれば、それだけでそこで漏らしてしまえるくらいのリラックスを手に入れることができる。音のないヘッドホンを耳につければ、心地としてはそこはもうトイレである。

インターンしていた会社で、社長がよく言っていたのが、「1人で机にむかっても、いいアイデアなんてうまれないんだぞ。アイデアはクリエイティブな場所から生まれて行くんだぞ」。と。

なるほど私は、だからいつまでたっても頭が堅いのか…
人間歴20年目にしてようやく気がついた瞬間だった。

それからというもの、勉強するときや、考え事をするときは、極力密室に行かないように努力した。本当はカフェなんて大嫌いなのに、頑張って渋谷のフリーマンカフェに足を運んだりもした。

カチカチパソコンを打っているエセ安藤美冬や、どこに使うかもわからない企画書を書いている意識高い学生の集団を横目に、ひたすら勉強した。

無理だった。
苦しかった。

今私が読んでいるこの本を、もし隣の人に見られたらどうしよう。

『女性の品格』なんて必死で読んで、実はもてたいことがばれたらどうしよう。いや、でもそしたら「これは、あくまで、学校の!学校の課題なので!」としっかり伝えよう。そうだ、伝えれば必ず分かってもらえる。あ、でも、必死になって主張したら、ださいって思われるかもしれない…あ、でも否定しないと…。あ、でもこれは、カバーだけで、本当は町田康読んでるんです!とか言えば、あ、でもそれはそれで…エセサブカルとか…

考えるだけ考えたら、お腹がいたくなったので、私はトイレに駆け込む事にした。
普段ならば、絶対にできない。フリーマンカフェのトイレは少し離れたところにあるけれど、あそこはかなり人が入っているし、並んでいる上に、外の声まで聞こえてくる。

本当は、すごく入りたくない部類のトイレだったけど、このまま席にいても『女性の品格』が高められないので、本片手に入ることにした。

お腹は痛い。外からは大量の話し声。外に人が並んでいるのも感じ取れる。

とにかく、私は意識を研ぎすまし、なんとかここを無音の密室空間に仕立て上げようとした。この狭い部屋の、空間プロデューサーになるかの如く…。

次の瞬間、私は歓喜した。

歓喜とともに、お腹の痛みはゆっくりとひいていく。

大げさでなく、本当に初めてだった。
こんなに公衆の前で出せたのは。

 

あの日が、
生まれて初めて、自分のトイレをクリエイトできた瞬間だった。